明石家 さん(あかしや さんま、1955年7月1日 - )は、日本のお笑いタレント、司会者、ラジオパーソナリティー、俳優、落語家。本名は杉本 高文(すぎもと たかふみ)。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。 和歌山県東牟婁郡古座町(現・東牟婁郡串本町)生まれ、奈良県奈良市育ち。
150キロバイト (19,788 語) - 2019年3月20日 (水) 15:40



(出典 geitopi.com)


さんまが大竹しのぶに憧れてたんかよwww

1 砂漠のマスカレード ★ :2019/03/20(水) 15:38:09.98 ID:FhLus40/9.net

1980年代からテレビの最前線で活躍しつづける芸人・明石家さんま。そんなさんまにも約5年間、低迷していた時期があった。お笑い評論家のラリー遠田さんは、「さんまのキャリアの転換点は、大竹しのぶとの離婚にあった」と分析する――。
※本稿は、ラリー遠田『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の第1章「1992年(平成4年)明石家さんま離婚」を再編集したものです。

■「さんまは結婚してからつまらなくなった」
「バツイチですわ。あとでカミさんはバツを2つ付けて出てくると思います」

額に書いた「×」の印を見せながら、明石家さんまは報道陣を前にそう言った。1992年9月9日、新宿・河田町のフジテレビにてさんまと大竹しのぶの離婚会見が開かれた。さんまと大竹が同じ会見場に1人ずつ現れて話をする異例の会見だった。

この離婚はさんまにとって重要な転機となった。なぜなら、世間では「さんまは結婚してからつまらなくなった」と言われていたからだ。離婚は一個人の人生においては悲劇的なことかもしれないが、芸人・さんまにとっては起死回生のチャンスだった。

現在に至るまで約40年にわたってテレビの第一線を走り続けてきたさんまにとって、結婚していた期間が唯一の低迷期だった。この離婚は彼に何をもたらしたのだろうか。


■憧れていた大竹しのぶと共演
1975年、兵庫・西宮にある家賃7500円のオンボロアパートで、落語家を志す1人の青年が小さなテレビを見つめていた。修業時代の明石家さんまである。

電球を買う金すらない極貧ぶりで、夜になるとテレビの青白い光だけが頼りだった。それでも落語の修行のためにテレビだけは手放さず、1人で家にいるときは演芸番組やドラマを見続けた。

そんな生活の中で心の支えになったのが、NHKの朝の連続テレビ小説『水色の時』だった。当時17歳だった大竹しのぶが主役を務めていた。さんまは毎朝テレビ越しに彼女を見て、密かに憧れを抱いていた。

桂三枝(現・桂文枝)が司会を務める大阪の番組『ヤングOH!OH!』(毎日放送)への出演をきっかけに、さんまはテレビタレントとしての才能を開花させていった。軽妙なしゃべりと甘いマスクで関西の女性ファンからはアイドル的な人気を博した。

1980年代に入り、『オレたちひょうきん族』『笑っていいとも!』(ともにフジテレビ系)などに出演するようになってからは、全国レベルで爆発的な人気を博すようになり、好感度ナンバーワンタレントになった。

スターになったさんまにチャンスがめぐってきた。1986年、憧れの存在だった大竹と『男女7人夏物語』(TBS系)で共演することになったのだ。
ただ、この時点ではさんまは大竹に恋愛感情を抱いてはいなかった。なぜなら、大竹はTBSのディレクターだった服部晴治と結婚していたから
ただ、この頃、2人の結婚生活には暗雲が立ち込めていた。服部が胃がんに冒され、「余命1年」と告げられていたのだ。

http://news.livedoor.com/article/detail/16187612/
2019年3月20日 9時15分 プレジデントオンライン


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森川由加里 SHOW ME


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20 名無しさん@恐縮です :2019/03/20(水) 15:43:19.71 ID:uMO8lYOk0.net

>>1
トーク番組でIMALUが「中学生の頃の小遣いは月50万円だった・・・」と話してたのを見てネタだと思って笑ってた。
しばらく後にさんまが別の番組で「IMALUの小遣いとして毎月50万円渡していた」と真顔で語っていてビックリした。
司会者の男性もネタだと思って突っ込んでいたが、さんまは「なんで?おかしいか?」と司会者や会場の観客に恐る恐る訊いていたので、どうやら本当っぽい。

考えてみれば大竹しのぶの言動も一般的じゃないくらいズレてるし、さんまも後輩芸人との付き合いを優先するので家には寝に帰るだけだと度々話していた。
さんま、しのぶとも子供への接し方が判らず小遣いを渡す事で埋め合わせしていたんだね。

さんまさんのキャラクターは好きだけど親としては不合格。
やっぱりタレント親なんだと再認識した。


(出典 img.cinematoday.jp)


21 名無しさん@恐縮です :2019/03/20(水) 15:43:50.23 ID:uMO8lYOk0.net

>>1
明石家さんまの迷惑なしゃべり 最終の新幹線車内

0364 名無しさん@恐縮です 2018/08/24
>>298
実際迷惑だよ。
車内の出張帰りのサラリーマンとか寝てるのに大声出されて迷惑そうに見てた。
さんまは「なんでや?テレビでしか見られんタレントの生のしゃべり聞けて嬉しいやろ?」
と悪びれるどころか万人が喜んで当然と思ってるような発言してて引いた。
堪えかねたお年寄りが注意しようとさんまの席に近づくと若手芸人?が遮ってニラミをきかせて通行妨害してた。
(さんまは気づいてない様子でしゃべり続けてた)
あんなのヤクザと変わらんわ。


25 名無しさん@恐縮です :2019/03/20(水) 15:44:26.20 ID:uMO8lYOk0.net

>>1
明石家さんま、サッカー解説で オレ、日本のチームに興味ないねん(真顔) と発言

明石家さんまがフジテレビで生中継されたサッカーの国際試合に解説者として出演してた。
日本代表チームvs外国チーム(国名は失念)の試合で日本代表についてコメントを求められたさんまは

「オレ、日本のチームに興味ないねん」(真顔)

と発言し、女性アナウンサーを凍りつかせてたw

すぐさまCMに入ったが生放送だったので批判コメントおよび電話が殺到したと見られ、CM明けのさんまは試合終了までキョドりっぱなしで明らかにコメント数も減っていたw

明石家さんまのサッカー好き発言は海外選手目当てのミーハーさだと証明されたね。


3 名無しさん@恐縮です :2019/03/20(水) 15:39:21.95 ID:FhLus40/0.net

■週刊誌でもバッシングが増えた
家庭を守りながらタレントイメージを一新するというさんまの試みはなかなか上手くいかなかった。結婚後のさんまには目に見えて勢いがなくなり、週刊誌でもバッシング記事が目につくようになった。

「やっぱり結婚してからおかしくなった明石家さんまの末期症候群」(『週刊大衆』1989年7月17日号)、「毒のないさんまは、この秋人気低迷中」(『週刊テーミス』1990年10月10日号)など、その書きっぷりは極めて辛辣である。

結婚当初はテレビやラジオで妻に対する不満を面白おかしく語ったりもしていたのだが、大竹がそれを嫌がっていたため、だんだん話さなくなっていった。さんまは単なるマイホームパパに成り下がり、かつての輝きを失っていた。

NHK放送文化研究所の「好きなタレント調査」では、1985年度から1989年度までさんまが男性部門の1位だったのだが、1990年度にはその座から陥落してしまった。

1989年10月には『オレたちひょうきん族』が終了。その1年後の1990年10月の時点でさんまの全国ネットのレギュラー番組は『笑っていいとも!』『さんまのまんま』『あっぱれさんま大先生』のみで、ゴールデンタイムには1本も入っていなかった。

■約5年で夫婦生活にピリオド
さんまと大竹の仲は年々悪くなっていった。ささいな行き違いが重なり、言い争うことが増えた。そして、どちらからともなく離婚を決めることにした。
離婚会見当日の朝の模様を大竹が自身のエッセイで書いている。大竹は会見に臨むさんまの洋服にアイロンをかけていた。家を出る間際のさんまは大竹の方を振り返り、体に腕を回して言った。

「帰ってくる」
「えっ?」
一体、どういう意味なんだろう。私は次の言葉を待った。
「いつか、君は必ず帰ってくる」
彼は、こう言って腕をほどいた。そして、家を出ていった。
(大竹しのぶ著『私一人』幻冬舎)
この別れ際の言葉について、さんまはのちに「俺はそんなこと言ってない」「嘘ばっかり書いてる」と全面否定している。真相は2人にしか分からない。こうして約5年にわたる2人の夫婦生活にピリオドが打たれた。


41 名無しさん@恐縮です :2019/03/20(水) 15:49:18.07 ID:eL1zyAnn0.net

>>3
> ■週刊誌でもバッシングが増えた

さんまの時代はもう終わりだとか散々に書かれてたな


12 名無しさん@恐縮です :2019/03/20(水) 15:41:13.40 ID:6il7VBya0.net

松本人志は子供ができてからつまらなくなった


といわれないのはなぜか?


(出典 www.sponichi.co.jp)


78 名無しさん@恐縮です :2019/03/20(水) 16:09:33.94 ID:bVpIqXX50.net

>>12
元々がつまらないから


47 名無しさん@恐縮です :2019/03/20(水) 15:51:44.71 ID:RpwWquip0.net

小林繁の物まねの頃は面白かったがwww


(出典 blogimg.goo.ne.jp)


91 名無しさん@恐縮です :2019/03/20(水) 16:22:27.27 ID:f4pccl2b0.net

>>47
小林繁のモノマネを小林繁本人がやるドラマがあったな。
ちょっとシュールだった。


56 名無しさん@恐縮です :2019/03/20(水) 15:54:30.28 ID:1NkUmdCJ0.net

結婚した時はマジで消えるんじゃないかと思ったわ。
紳助とおねーちゃんネタやってもなんも面白くなくて笑えなかった。


(出典 jonny.click)


62 名無しさん@恐縮です :2019/03/20(水) 15:58:52.97 ID:TNBdP4ZZ0.net

タモリのせいでもあるんだよな
いいともで話題がないから私生活のことをわざと話題にして

芸能人が家族のこと話すとしらけるし人気落ちるから


(出典 image.news.livedoor.com)


66 名無しさん@恐縮です :2019/03/20(水) 16:00:18.18 ID:ed/PagQH0.net

>>62
ビデオまで公開してたな


64 名無しさん@恐縮です :2019/03/20(水) 15:59:42.52 ID:d84ULkNJ0.net

サンマってイケメン扱いだったのか?
出っ歯だしどう見てもあっち系の顔だろ


(出典 images-fe.ssl-images-amazon.com)


74 名無しさん@恐縮です :2019/03/20(水) 16:06:00.99 ID:XG+HZ8Qd0.net

>>64
お前はなんだってあっち系扱いだな
お前の中では芸人は99%そうなんではないかw


80 名無しさん@恐縮です :2019/03/20(水) 16:11:35.93 ID:yen+1xNF0.net

車の免許取ったのも結婚した後だったっけ?
いいともで教習所の話して怒られたとか言ってた


93 名無しさん@恐縮です :2019/03/20(水) 16:23:32.66 ID:qwQNg/F60.net

>>80
家族ができたから免許がいるみたいなことだったはずだよ
例えば送り迎えとかさ


83 名無しさん@恐縮です :2019/03/20(水) 16:12:49.74 ID:KcMDCoYf0.net

そもそもそんなに面白くないだろ
人の話にチャチャ入れるだけで
こいつのエピソード話とかで笑った記憶がない


90 名無しさん@恐縮です :2019/03/20(水) 16:22:08.98 ID:KI7+3vXU0.net

>>83
新幹線で話してた一般人が販売ワゴンが遮るタイミングで寝たのは爆笑したけどw